この543 決まる日

決まらないときは何をどうしても決まらない。
かいてもかいてもネームが通らない。
つまらないものをかいているつもりはまったくないのに、とにかく通らない。
今まで通ってきたことのほうが不思議に思えてくる。
ボツになったもののなかには10年越しで温めていたものもあった。
(ネームはあまり長期に渡って温めないほうがよいかもしれない。大幅なシフトチェンジが難しくなる。勉強になった。)

ある日とうとうはっきりと「うちの雑誌っぽいものをかいてくれ」と言われてしまった。
自分が面白いと思うものをかいたとしても、それだけではもう載らない。
引導を渡してくれるようこちらから仕向けたようなところもあった。
ありもしない希望をちらつかせるのはやめてくれ、と荒みきっていて
「ハイ!"っぽい"ものですね!
ではこんなジャンルのこんな流行に乗った感じのこんなお話はどうでしょう!?」
なんてポジティブに提案する気持ちにはとてもなれなかった。
そもそもそんな器用さは持っていない。

今までが恵まれ過ぎていたのだ。
漫画家に会うとよく「本当にかきたいものは商業誌ではかけない」という話になる。
わたしはかきたくないものをかいたことはない。
能天気に、好きなようにかいて、ヒットは出さず、お金をもらっていた。
仕事がなくなるのも無理はない。

今はネットで発表したり電子書籍で配信したりすることもできる。
商業漫画家専業でいくことにこだわることの意義は薄れているかもしれない。
現在いる、わたしの漫画を待っていてくれる少しのひとたちに向けて細々とかきながら別の仕事をするのもありかもしれない。
求人サイトをチェックしたり街の求人広告に足を留めたりするようになった。
特技も趣味もない。漫画しかやってきていない。
なにならできるんだろうわたしは。

コミックビームの編集さんからメールが来ていた。
編集長からの伝言であった。
わたしのネームのダメなところがズラズラズラズラと書かれている。
わたしが犬なら耳はぺったり倒れているし尻尾は股の間にしまっているし全身びしょ濡れだ。ショボーン。
長文の最後に「全部直せるなら12月売りの号から連載していい」とあった。



…は?
指がカカカカと震えた。
唾を飲み込みそこねて咳き込み勢いで嘔吐した。
決まるときは決まる。

状況は依然厳しく、話数も決まっていて単行本発売できるかどうかも危うい。
でも、決まった。
なんだか知らないが決まった。




この542 オニオンスライスにローストビーフをのせる日

長雨から台風、また台風、そんな雨天が続いた。

ちょいとおやつを買いに行こうにも近所のコンビニが立て続けに閉店してしまい、
嵐の中お茶うけを求めてさまよう気になんてとてもなれない。
それで家でポテトチップスやら海老せんやらを自作し始め
そこそこ満足感も得られ、ますます引きこもりに拍車がかかる。
もとより漫画を描いて猫をさわり味噌汁を飲むだけの人間が
漫画を描いて猫をさわり味噌汁を飲むだけの人間EXにパワーアップしてしまう。


大雨のなか編集の皿子さんが来た。酒瓶を3本持っている。
原稿受け渡しなどで各地を飛び回りついでに酒を買い集めてくる。
すごい体力である。
買い物が面倒なので家にあるもので適当につまみを作る。
だし巻き玉子、タケノコの煮物、オニオンスライス、きゅうりとかぶの糠漬け、しらすおろし。
肉がない、月末の冷蔵庫なり。
皿子さんが駅前の惣菜店で買ってきたローストビーフを
オニオンスライスの上に積んで肉完了。

皿子さんはうまくもまずくもなさそうにおしんこをかじりながら
おもしろくもつまらなくもなさそうにこたつでテレビを観ている。
聞きかじりの政治や社会問題について無責任にぼやいているうちにつまみがなくなり、
冷凍庫に陳建一プロデュースのしゅうまいがあったのを思い出したので
温めうまいうまいと食べる。
とくになにをするでもなく皿子さんは明け方土砂降りのなか帰っていった。
本人がよいのならまあよかろう。

すっかり居酒屋のおじさんみたいだな、と思う。
トイレに格言でも貼っておこうか。
「ありがとうがつなぐやさしさ」みたいな。どういう意味だ。
そういえば、
「『すみません』ではなく『ありがとう』と言おう」などという文言を見ると
「そもそも言葉の意味がちがう。
申し訳なく思っている時になぜちがう意味の言葉をいわなければならないのか」と
かみつきたくなる。
凶暴なおじさんである。

晴れたのでたまった洗濯物を片付ける。





この541 乾燥わかめがまた来る日

むかしからやたらと「乾燥わかめ」をもらう。

乾燥ねぎと乾燥油揚げと一緒になったお味噌汁に入れるだけの具とか、お湯を注ぐだけでできるわかめスープといったものがつねに家にある。

まだ半分もなくならないうちに次のわかめがやってくる。
各方面から、とにかく頻繁にもらうのだ。
わかめは好きだけれどハタシテどこかで吹聴するほど好きだっただろうか。
だったかもしれない。
だから、しかし、我が家ではもうずっと前から塩蔵の生わかめを使用しており乾燥わかめを自分で買うことはない。
それなのにつねに乾燥わかめのストックがある。
先日、先先日とまた立て続けにいただいた。
ふえ続けるわかめちゃんだ。

そういう星のもとにわたしが生まれたのか、乾燥わかめというものがそもそもこの世界においてそういう存在であるのかわからない。


この540 ライブが恥ずかしい日

猫はどう考えてもおかしい。
10匹いたら10匹全員かわいいなんて、確率的にどうかしている。
わがままでもかわいい。狂暴でもかわいい。ぶさいくでもかわいい。
これが人間だったらどうだ、10人ひとがいたら
「9人嫌い。」
…ときっぱりというのが友人のますみちゃん。酒豪。
同年代の古い友人で、ときどき飲み、ときどきライブなどに行く仲である。

10代の馬鹿騒ぎ、20代の倦怠、30代で「照れ」と自意識過剰で素直に音楽ライブというものを楽しめなくなったことをお互いに知っている。
やがて、ライブ会場でスカしておとなしくしていることで得られるものなどない、楽しみきるほうがよっぽど利口だ、
「どうせひとは死ぬんだから…!」と開き直ったはいいが今度は腕が上がらないとか右腕を上げたら次は左腕にしないとバランス的に…とか言い出す40代。

オールスタンディングのライブでバンドが、客のあおり方に工夫しようとして全員フロアにしゃがませる、ということが時折ある。
ま じ で や め て く れ。
ひざがやばいのである。腰がつらいのである。
いちどしゃがんだら立ち上がるのに大変難儀する。
ロック愛好人口も高齢化しているというし、たのむぜベイビー。

30代の照れがまだまだ残っているわたしとますみちゃんは、ライブ会場で飲む1ドリンクぐらいでははしゃげない。
スタート予定の3時間ほど前から居酒屋でしっかり飲んでおく。
いちどそこで楽しくなりすぎて長丁場になりライブの時間に大遅刻して2曲ほどしか聞けなかったこともあるから匙加減が大事。
会場に着いたらお酒のお代わりのために千円札2枚だけ出して荷物をロッカーにあずける。
ますみちゃんのワンピースにはポケットがないというのでもう千円持っておく。
お金を直接ポケットに入れるのがなんとなくなつかしい。

お酒に酔っていてもライブはまだやっぱり恥ずかしい。
なぜこんなに音楽を楽しむのが下手になったんだろうか。
なるべく何も考えないようにしようとしすぎていつのまにか「何も考えない何も考えない何も考えない…」と考えていて、全然演奏を聴いていなかったりする。

終わったあと、仕上げに…とかなんとか言ってまた焼き鳥屋へ行った。

この539 大声で世間話をする日 

近所の回転寿司屋のスタンプカードのシステムが腑に落ちない。
500円ごとにひとつスタンプを押してくれる。
一度の食事でだいたい1500円ほど使うので3つ。
スタンプ20個でカード1枚が埋まるので、7回利用すればいっぱいになり、1000円割引してもらえる。
お寿司を1500円分おなか一杯食べて、お会計は500円。安すぎる。
そのうえ500円使ったので、と新しいカードにさらにひとつスタンプを押してくれる。
ちょっとサービスが過ぎるんじゃないかと思う。
1000円ごとにスタンプ1個、あるいは20個たまったら500円引き、くらいで十分なんじゃないか、といつも思う。
安いのはありがたいが、つぶれてしまっては困る。もう少し欲を出してほしい。

以上、面白くもなんともないので誰にも話したことはないが長年モヤモヤしている話でした。



しむらさん宅に猫をさわりに行って日傘を置き忘れて帰ってきてしまった。
日傘は折り畳みではないタイプのものを持つ。
かさばりはするが、いちいちたたむのが面倒だし傘立てに立てられるのも良い。
それに最近Twitterで、夜道でおそろしい目に遭った女性の体験談を立て続けに目にしており、わたしはもうダッシュで走れるひざを持っていないこともあり護身用としても持つようにしている。
棒状の物の見た目の威力は馬鹿にできないと思う。
うちの猫だって棒でたたかれたことなんてないはずだがクイックルワイパーが大嫌い。
しむらさんは拙者が武器として日傘を所持していることを理解しているのですぐ取りに来て構わないという。かたじけない。
上がり込むとまたすうぐ愉しくなってしまってついでにまた傘を忘れて帰りそうな気もするので玄関先で猫に手だけ振って失礼する。ナデナデできず無念なり。

帰り道、敬愛する酒飲み仲間、sue_natsumiことスーさんから召集がかかったので新宿へ。
駅前の喫茶店でネームをしているうちにちょうど良い時間になったので同じく酒飲み仲間のライター・ハセガワさんと合流する。
加賀屋新宿西口店へ。こちらのヤキトリ(いわゆるねぎま)が大好物である。
店内は大盛況で大変騒がしく、こちらも声を張って話さないと伝わらない。
うすらぼんやりした近況なんかを、高らかに宣言するかのような声量で話していると「いいのかなー」という気持ちになる。
安くておいしい店がにぎわうのはまったく結構なことだけれどもうすこしお店を探そうと思う。

ちょうどよく飲み食いし、ちょうどよい時間に解散、帰宅。
喫茶店に日傘を置き忘れたことに気づく。


この538 鉛筆を買いなおす日

寝るギリギリまで仕事をすると、体は眠いのに頭はカッカしてなかなか寝付けないことがある。
そういうときに手芸をする。
10分だけとか、20分だけとか。
気づいたら2時間くらい過ぎていることもときどきある。
そんなふうにして1か月たったか2か月たったか、ここのところずっと取り掛かっていた刺繍がようやくできた。
無地のショルダートートバッグにいろんなサルを刺繍した。
うれしくて何枚も写真を撮ってTwitterとインスタグラムに投稿した。
同じ手作り雑貨でも猫を扱ったものとサルを扱ったものではSNSでのひろがり方が全く違う。
サルはのんびり、猫はやはり勢いがある。
モノ自体の評価に「猫の人気」が大幅に加算され爆発的にひろがる。
こういうとき「猫に食べさせてもらってるなあ」と思ってしまう。
サルもたのしいよ、よろしくね。



フライドポテトを食べたいときに食べるフライドポテトはなんておいしいんだろう。
いもと塩と油でできたこの棒がなぜこんなに沁みわたるようにおいしいのか。
じゃがいもには波がある。
今みたいにいちいち打ち震えるほどおいしく感じる時期があったかと思うと、
べつに食べたいと思わない時期が年単位であったりする。

わたしが生まれる前には他界していた祖父が大のじゃがいも嫌いで、
自分が口にしないだけでは足らず、家族がじゃがいもを食べていると「じゃがいもは芋虫をすりつぶした味がする」などとグロいことを言って、妻や子供たちの食欲を減退させてはうれしそうにしていたという。
そんな愚痴をこどものころじゃがいもを食べている時に祖母や母からしょっちゅう聞かされた。
祖父を知る親族にはきっぱり否定されそうだが、彼の露悪的な気質は子孫にしっかり引き継がれているように思う。
憎まれ口やブラックジョークを好む親戚が複数名いる。
わたし自身の中にもそれを感じる。
一方で素直で心優しい親族もおり、まったく災難である。
温厚な兄はよくわたしの意地の悪い皮肉の餌食になっていた。
…みたいなことをぼんやり考えながら食べるフライドポテト、最高!


文房具店に画材を買いにいく。
すこし前にちょいと背伸びして買ったドイツ製の鉛筆がどうもしっくり来ず、三菱のおなじみの小豆色のやつを買いなおす。
安心。









この537 カレーの日

お気に入りの蕎麦屋と居酒屋が閉店してしまった。
蕎麦屋は10年ほど利用した。
原稿作業中の景気づけにと、よれよれの格好でひとりで入ることが多かった。
ジャンプやマガジンを眺めては途方に暮れたりした。
アシスタントさんと行くこともあったし編集さんと行くこともあった。
お店の記憶と漫画の記憶が紐づけされていてどうしても感傷的になってしまう。

居酒屋には漫画家さんやライターさんたちと集まった。
ホッピーセットをひとつ頼むとジョッキいっぱいの焼酎がドスンと出てくる超優良店。
ここのハムカツが、知っているハムカツの中でいちばん好きだった。

どちらのお店も繁盛しているように見えたけれど、お蕎麦屋さんは店主さんの病気治療のための閉店、居酒屋のほうはご主人がご高齢だったので引退されたのかもしれない。
個人経営のお店にはほとんどの場合終わりがあるということを痛感する。

嘆いてばかりもなんなので新規開拓しようとまえまえから気になっていた、「家庭料理」と看板を出している小さな居酒屋に飛び込んでみて、結果失敗する。
まずくて高かった。
このお金のない月末にわたしはなにをしているのだろうか…と半べそをかきながらとぼとぼと帰宅。
お気に入りのお店は大切に、大切にしよう…

台所のスパイスの賞味期限が軒並み黄色信号、一部赤信号、一部信号ごとダムの底に沈んで数年…のような状態になったのを機に、ルーを使わないカレーの作り方を覚えた。
たのしい。スパイスをごんごん小鉢に投入して混ぜていると
「わたしはいま…ストレスを…解消している…」という実感がわいてくる。
いいかげんな野菜と肉で急にカレーができるのも愉快だ。

しむらさんからエアーマスクという、目のマッサージ器のようなものをいただく。
最近疲れ目がひどかったのでありがたい。
とても気持ち良い。

猫たちはとくに変わりなし。
漫画かく。

でんやこのごろ ~イシデ電ブログ~

さまよったりちまよったしながら漫画をかいている。

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