この536 炊飯器を磨く日

おひさしぶりの漫画家さんたちに会いに新宿へ。
珍しくしむらさんもいる。
しむらさんもわたしも帰巣本能が強烈なのでお互いの徒歩圏内でしか会わない。
たまに電車に乗って舞台などを観にいっても食事もせずにまっすぐ帰る。
けれど新宿名物(とわたしが勝手に認定している)、呑者家のとうもろこしのかき揚げはいつかいっしょに食べたいと思っていた。
かなってよかった。
漫画の仕事をしていない状態で漫画家さんたちに会うのはやっぱりかなしいのだけれどそれでも楽しい。
ひとさまの漫画制作の話を聞くのは大好き。


近ごろ、ごはんを炊く気力がわかずずっとレトルトごはんを食べていた。
おかずを作る元気はあるしごみ出しする元気も漫画をかく元気もあるのに、なぜかごはんだけ炊く元気がなかった。
「あー、ごはん炊かなきゃなー」と思いながら毎日気を重くしていたが、ようやくエイヤッと立ち上がり、炊飯器の前に立つことができた。
ふたを開けて驚いた。
まったく記憶にない、水に浸かったお米が入っている。
どうやら「エイヤッ」となった瞬間はまえにもどこかであったようなのだ。
一体いつのエイヤッかわからないそのエイヤッは異臭を放ちクリーミーな泡を浮かべ、かすかに音を立て呼吸をしている。
ヤバい、なにか生まれる!
あわてて水を切りビニール袋に移して捨てた。
米をごみ箱に捨てる行為は日本人として胸が痛むが仕方ない。
炊飯器怪獣エイヤの誕生は阻止しなくてはならない。
重曹を溶かした水にひたしたふきんをしぼって炊飯器を掃除する。
ごはんを炊く元気が炊飯器を拭く元気として消費されてしまう~あ~~れ~~~
それでもなんとか炊いて、豚汁と食べた。


オフィスユーの告知とネクタイピンのクラウドファンディングが始まったことを書かなきゃいけないけれどつかれたのでまたこんど。
力の配分まちがえた。



この535 おとなをまちがえる日

今日も味噌汁を飲み猫にさわり漫画をかいている。
お味噌汁の具はここ最近ずっと食べたかったじゃがいも。
それに玉ねぎとキャベツとしめじ。仕上げにバターと七味を少々。
うちのお味噌汁はメインのおかずなので汁というより鍋物に近い。
具だくさんでスイスイ飲めない。

なんだかむしょうにごろっとしたものに絵を描きたい気分になり家の中を探し回る。
じゃがいもはお味噌汁に入れてしまった。
粘土があるのでごろっとした素地を作ろうかと思ったが固まるまで待てない。
今描きたい。
なにを植えるか考えているうちに年月だけが過ぎた未使用の植木鉢があった。
ツルツルカクカクしていて「ごろっ」とは少しちがうけどまあいい。
うっかり花や木などを描かないよう気を付けながら絵を入れていく。
これから本物の植物が植わるのだから。

税金関連でなにやら通知が届いていた。書類を作成し返送しろという。
春先の確定申告ですべてかたづいたのではなかったのか。
泣きたくなる。おとなつらい。
不明な点は問い合わせるよう書かれている。ありがとう、不明しかない。
わからないことがなんなのかわからない状態におちいらないよう質問を紙に書き出す。
今わからないことと、来年わからなくなりそうなことと、
ついでに単純な興味からくる疑問(グッズの収入やアニメ化された作品のディスクからの収入に個人事業税はかかるのか、など売れていない漫画家には関係ないこと)など、箇条書きにしたら11個あった。
満を持して電話をかけ、担当の方に質問し始めたら3個目の質問あたりからみるみるウザそうな口調になり4個目でとうとうさえぎられてしまった。
電話を切ったあとしばらく呆然とする。

「ご不明な点がありましたらお問い合わせください」というのはもしかして、
美容院で言われる「かゆいところありませんか」みたいな、
返事は「大丈夫です」一択の、真に受けたらいけないおとなのあいさつだったんだろうか。
「ご不明な点がありましたらお問い合わせください(ご不明な点がありましたらお問い合わせくださいとは言っていない)」って、インターネットのはしっこみたく書いておいてくれたら…!
急に恥ずかしくなる。また調子に乗ってしまったんだろうか。
いたたまれなくて猫をさがす。

ふて寝して起きて、おいしいとうわさのうどんどん兵衛・袋麺を作って食べどうにかこうにか落ち着く。

この534 犬を描く日

シジュー過ぎると俄然おいしくなる食材があるという。
噂はかねがね聞いていた。

自分のそれは、紅しょうが。
以前は、一袋食べきれないから「吉野家」の小袋入り紅しょうがを10パック入りくらいで売ってほしい…とよく言っていた。
今なら余裕で完食できる。

37~8歳で急にまいたけの天ぷらが中毒性の高いメニューに変貌した。
ラーメンのたまごは半熟味付たまごより白い固ゆでがいい。
ごぼうから出るだしが沁みわたるように好きになった。
それからここ最近はなんだかさやいんげんがおいしい。

お味噌汁の具のいんげんは永遠に食べ続けられる気がする。
なにこの食感。キュッキュする、キュッキュ。
わたし何を食べているんだろう、なんだか食べ物じゃないような気もする。
でも止まらない。これメインは豆じゃないよね?皮?
いんげんのことだけぐるぐるぐるぐる考えてトリップしそうになる。

今日も家から出ず、お味噌汁を飲み猫をさわり漫画をかいている。
ほんというと何日か前から、商業誌掲載に向けたネームを作る手が止まってしまっている。
ブログの編集画面を開き、しみったれた愚痴を書いちゃあ消し書いちゃあ消す。

とはいえ完全に手を止めてしまうとみるみるへたくそになっていくので実作業は続ける。
ラジオを聴きながら次のコミティアに出すための原稿。
はじめて秋田犬に見える秋田犬が描けた。
次に描いた秋田犬は今ひとつで、その次のコマの秋田犬はからっきしだめ。
その次は最初の秋田犬よりもうすこし良い秋田犬になった。
猫を描くときのようにキャラクターごとに描き分けるまでには程遠いけれど、うれしい。
こういうことをまだうれしいと思えることに慰められる。
瀕死だけど一応まだ息はある。

お皿に移したお豆腐1丁に缶詰の味付けたらこをほぐして汁ごとどさっと乗せる。
すこしだけ醤油をたらし、焼き海苔をちぎってパラパラしたものをつまみにお酒を飲む。



この533 風呂好きに論破される日

恥をしのんで言うけれど、お風呂があまり好きではない。
衛生面で他人に迷惑をかけないために仕方なしにシャワーは使う、という感じ。
清潔うんぬんだけでなく、肩とか腰とか首とかこのまえからずっと傷めているひざとか、ひざをかばうせいでガチガチの筋肉疲労を起こしているふくらはぎとか、代謝がどうとかこうとか、健康のためにもうたぶんぜったいお湯に浸かったほうがよいに決まっているのはわかっている。

お風呂が好きだというひとに「浴槽に浸かっている間、何をしているのか?」と訊いたら
「浴槽に浸かっている」と答えた。あそっか。
そして浸かりながら「お風呂に感謝」とか「お風呂を発明したひとを表彰すべき」とか思うらしい。
そんなことちらっとも考えたことがない。
私はその時間が耐えられず本などを読むのだけれど、「今ってそれなりに忙しいはずなのに、なぜ私は特段読みたくもない本を読んでいるのだろう???」という疑問と焦りでいっぱいになってしまう。

それにお風呂に毎日浸かるひとには、セットでお風呂掃除とお湯を張る手間もついてくるではないか。
面倒で毎日なんてとてもやっていられない。
…と、これまたお風呂好きのひとにからんだところ、満足するまで浸かったらさっさとお湯を抜いて「こすらず流せるタイプ」の洗剤をスプレーし、頭や体を洗っているあいだ放置して、上がる際にシャワーで落とすという。
なんという効率。しかしあれだ。
こすらず流せるタイプの洗剤を、本当にこすらず済ませるには相当な量の洗剤を消費するのではないか、不経済ではないか、と食い下がると
「それはそうだけれどきみのようにたまにしか浸からない人間にとっては大した不経済にならず、手間いらずのメリットのほうが大きいではないか」ともっともなことを言われてしまった。

そうじとか洗濯とか、死ぬまでずっと続けなくてはならないことが、好きなひとがうらやましい。
今までに2~3回しかお風呂に入ったことがない猫たちのこともうらやましい。

死ぬまでずっと、で不意に思い出したが10代の一時期、「食べることに興味がない」というのに憧れて真似してみようとしたことがあった。無謀なことはやめろと言いたい。

この532 甘い蕎麦と知りながら食べる日

子供のころ読んでいた「なかよし」の作家さんに会う夢を見ていた。

雄猫に頭をポテポテと叩かれて目が覚める。夕方。
眠りが明けるか明けないかの頃合いに決まって起こしにやってくる。
どうやって飼い主の睡眠の終わりを知るのだろう。
血流や脈の音が聞こえているのだろうか。

つゆが甘すぎる蕎麦屋でしむらさんと食事。
蕎麦とカツ丼のセット。甘い、ほんとうに甘い。
「11ぴきのねこ」の話など。

外から戻ると雄猫が玄関先まで迎えに来ていた。これもまた不思議。
履いているのがスニーカーだろうとヒール靴だろうと、ちゃんと飼い主の足音と判別できているようだ。
猫に人間離れというのもおかしいが、超人的能力が身近にあるというのはドキドキする。

冷蔵庫に手をつっこみぶどうを3粒ちぎって食べながら仕事机に向かう。
漫画をかく。


この531 桃思いにふける日

野生動物が気の毒だ。
ひざサポーターがない。
すべての中高年野生動物はひざサポーターのラクさを知らずに過酷な自然のなかを生き抜いていると思うと胸が痛くなる。
…てくらいにラクである。

筋トレでひざを傷めて運動をやめてしまったせいで、元の体力なしなしマンに戻ってしまった。
目が覚めて起きて行動を始めるまでにやたらと時間がかかる。
一時的なものと思っていたのによくなる気配がない。
もしやこれは、伝統的通販番組でおじいさんおばあさんが訴え続けている、かの慢性的ひざ痛かもしれない。
ためしにサポーターなるものを購入、着けてみたところでこのラクさである。ありがとう文明。

サポ巻きの太いひざで歩いて旬を過ぎた桃を買いに行く。
皮ごと食べるのにハマった。
食べてみるまではとても抵抗があった。
桃の皮には細かい毛が生えていて、じつはとげに近い。
こどものころ顔面に刺さってたいへんな思いをしたことがある。
同級生の家に行ったとき、彼女の小さな妹に桃を頬に押し当てられたのだ。
たいへんかわいらしいしぐさだった。
ところが、そのあと、どうも頬のようすがおかしい。
さわるとチリチリと痛む。
洗ってもなかなかとれない。
こするたび痛む。
友人や友人のおかあさんに言ってもそんなはずはないと信じてもらえない。
幼い妹はニコニコしている。
ならば同じことをこの小さい子に仕返してやろうか、と怒りがわいた。
もちろんしない。そんな恐ろしいことは絶対にできないくらい痛かったのだ。
以降、桃の皮には要注意なのだった。

その件を思い起こしながら桃を手に、流水で丁寧に洗って毛を落として食べる。
滋味というのだろうか。皮のかすかな渋みが甘味を際立てる。おいしい。
思い出もあいまってスリリングな愉しみ。
(ちなみに桃の皮でアレルギー症状が出るひともいるらしくスリリングどころで済まない場合があるのでご注意)

今年の夏は出始めのスイカの価格が高騰して手が出せず、食べ始めるのが遅かった。
あわててスイカをむしゃむしゃしているうちにあっという間に梨が出回り出した。
梨をシャリシャリ食べながら「ああ、桃、まだ食べていないのに…」と心残りがあった。
逃さずすんでよかった。
次はぶどう、それからりんご、柿。
夏秋は旬のくだものを追いかけるのに忙しい。

この530 ズボンなんかどうだっていい日

部屋着のズボンのウエストのゴムを換えたらすこぶる快適だ。
いままでヘアゴムやクリップで留めたりしてだましだまし履いていたがいよいよだましきれなくなってきた。
腰履き野郎の生き残り、ここに没す。
20代まではカッコツケてジャージというものを軽蔑し家でもずっとデニムを履いていたが、
いま履いているのはジャージよりも存在の軽い、なんというのだろう、ズボン界でもっとも身分の低そうなズボンだ。ひざに穴もあいている。

ところで最近の若いひとは「ズボン」ではなく「パンツ」と言う、というのは私が「最近の若いひと」だったころからもうずーっと言われている。
でもどうだろう?と思う。
パンツ呼びがどんなに浸透しても、ズボンはズボンでしっかり生き残っていく言葉だと思う。
なにしろパンツは決定的な弱点、「文字で書くと下着なのか服なのかわかりにくい問題」を抱えているのだから。
そこを最初からクリアしているズボンくんを相手にパンツくんも健闘しているが、駆逐するのは無理だろうなと思う。

はーどうでもいい、死ぬほどどうでもいい。
本当はズボンのこともパンツのこともそんなにまじめに考えてなんかいない。
書くことないなら書かんでよろしい。
今日はなんだか体調がおかしい。

小学校の朝礼のときの「やばい…あ~…やばい…これ…やばい…」という状態をキープしている。
起きているのはしんどい。
横になって見る夢は悪夢ばかり。
猫だけがすばらしい。もう一度。
猫だけがすばらしい。






この529 めがねを新調する日

ネームをpcで作るようになってから転げ落ちるように目が見えづらくなっている。つらい。
40がらみの漫画家飲み会で必ず話題に登るあれが自分にも来たのか。

めがねは好きだ。めがねをかけている女性も男性も好き。
めがねをかけている人間にはめがねをかけるに至るまでの経緯がある。
それをいろいろ想像する。ポジティブなものもネガティブなものも、だいたい好ましく思える。
しかしめがね好きの私とはかなり長い付き合いにもかかわらず無視され続けているめがねびとがいる。
私だ。
おっぱい好きの女子が自分の乳は完スルーなのと同様、自分のめがねなどなんだっていい。
コップの底でものぞいてろという気分である。

しかしコップで仕事ははかどらない。
眼鏡店へ行かなくてはならない。
めがねは顔の一部だ、皮膚だ、いや臓器のひとつだ。
これから私に会うひとはめがねごと「イシデ」と認識する。
鼻や目や口は選べないがめがねは選べる。
「なんだっていい」のなら不恰好じゃないほうを選ぶにこしたことはない。
自分を奮い立たせる。ゆけ、ゆけ、荒野を。
ローレンローレンローレン、ローレンローレンローレン…
完全に老眼を意識したテーマを頭のなかで口ずさみながら店に入る。

眼鏡店で勤務経験のある知人に教わった、めがねのつるに書いてある数字の読み方を思い出しながら選んでいく。
「53□18-140」
最初の2ケタがレンズの横幅のサイズだ。
つまりここの数値が大きければ眼鏡全体の横幅も大きくなる。
横幅が小さいめがねは顔面の大きさがきわだって悲しくなる。
しかし大きければよいというものではない。
私は現在マッシュルームカットをしており、極端に大きいと大木凡人になる。
なにを言う、むしろそこを目指してこそのキノコ頭ではないのか。う、だかしかし。
ひとしきり迷って55bondくらいのものを選んだ。

店員さんによると、見えづらいのは視力の低下ではなく疲れ目によるもので、めがねの度数はむしろ下げたほうがよいかもしれないという。
見えないから疲れるというよりめがねの強い度数に合わせて見ようと調節する神経が疲れるから疲れる。
度数をすこし落とせば楽になり、肩こり首こりも楽になり頭痛は治り緊張型の性格は穏やかになり大らかになり寛容になり多くのひとに愛され私もまた人類を愛し世界は平和になり戦争はなくなるという。
嘘だ、そんなことは言っていない。
めがねの完成を待っているあいだの30分が期待を過剰にさせる。

めがねの新調じたいが急な出費であるにもかかわらず、気が大きくなってまわるお寿司を茶碗蒸しまで添えて食べてしまった。


この528 ペヤングに味噌汁を添える日

ネーム、またボツになる。

つくづく向いていない。
けれどほかになんの仕事ができるんだろう。
毎日やれることって漫画しかないのに。
あとは猫のトイレ掃除と、呼吸と…と続いているものを探すが思いつかなさに落ち込む。
またアシスタントやるにしても、年上で漫画家づらのへたくそなアシなんて扱いづらいよなあ…

Twitterで流れてきた性格診断心理テストをいたずらにやってみたら、向いている業種はなく、適職は呪術師と出た。
呪う力と常識のなさを評価された。うるせえ。

ええい、椅子からぴょんと立ち上がって
「ん・で・だ・よー!!?おもしれーじゃんかよーこのネーム!!」と大げさに肩を揺らしガニ股で歩いてみる。
顔は森田まさのり先生ふうに。

ごはんにしましょう。

景気付けに、お楽しみにとっておいたペヤングを解禁。
なんと紅しょうがもあるんですのよ。
あとは焼いた鶏肉とセロリのぬか漬けとお味噌汁。

味噌は赤味噌と麦味噌を常備していて、お味噌汁に入れる比率でその日の気持ちが占える。
麦が多いときはいたわりや慰めを求めていて、キリッとしたいときは赤が多くなる。
気合いを入れて打ち合わせに臨みたいときなどは完全に赤だけ。

意外と元気あるな私、と、赤いお味噌汁をおたまでまわしながら思う。
元気があれば作戦会議ができる。
次の手を考えながらごはん。
それから原稿作業。
落ち込んでいるあいだにすっかり手が止まってしまった。

PC作業のかたわらちょいとテレビをつけてみたらどのチャンネルも不倫のことばかり。
不倫のニュースが終わったらまた別のひとの不倫。
Eテレ、おかあさんといっしょに落ち着く。
着ぐるみキャラの目のハイライトの過剰さが気に入らない。
キャラクターの目の輝きとは心のなかに見いだすものだ、ミッフィーくんを見たまえ。
昨今のきらきらおめめのキティ氏はなんだ、なげかわしい…
と、エアくちひげをひっぱりながらぶつぶつ。

猫が2匹ともトイレでおならをしたのが心配である。
2匹同様の体調不良があるということは飼い主がなにかやらかしている可能性がある。
…と思うのだがうちの猫たちは健康診断の結果もほとんど同じで、同時に調子をくずして同時に治まるということがわりとある。
2匹いっぺんに死んじゃったらどうなるんだろう私…とわきあがってくる不安をぐっとこらえる。

なにか楽しげなものをと、プライムビデオで「ウレロ 未確認少女」をかける。
東京03の飯塚氏が演じる、唯一のまじめな常識人なのにキレるとえげつないほど暴力的な人格に豹変し周囲の人間全員を震え上がらせるキャラクターが好きで、その場面を心待ちにしてしまう。
自分の嗜好に多少引く。

この527 映画から戻れない日

夜中に原稿作業をしていたら台所のほうでガタンと物音がしたのでビクビクしつつ確認しにいったとき手にしていたのはうさぎのぬいぐるみであった。
もっとこうさ、あるでしょうクイックルワイパーとかスマホとかさ。
危機管理能力テスト、0点。

流しに洗い物をまたためてしまった。
物音は、そいつがずれた音のようだ。
今日の原稿作業はここまで、と食器を片付ける。

お酒を飲みながら寝落ちするまで次のネームのネタ出し。
明るくなってきたのでごみを出して寝る。

昼過ぎに起きて原稿。
今日はきのうのつづき、明日は今日のつづき。

のはずが、たまたま流れていたテレ東の映画を途中からなのに一生懸命観てしまう。
なんか、ひとに火をつけたり逃げたりおっかけたりピストル打ったり大金盗もうとして電車乗っ取ったり衝突させたりするやつ。

動揺させられるのが苦手なので、でかいものやでかい音や速いもの高いところから落ちそうになること陥れられること追い詰められることモブがポンポン死ぬこと人質拷問罵詈雑言エロラブラブなどが出てくる映画は観ない、ようするに映画をほとんど観ないのだけど観たら観たで猫に遭遇した猫のように固まって凝視してしまう。
そしてそのあとずっとその内容のことを考え続けてしまい、手をつけなきゃいけないことに頭がなかなか戻ってこられない。
テレビを止めて猫をさわる。
パソコンの異音みたいないびきをかいて寝ている。


映画「世界の終わりの、そのあとで」の動画配信が始まったらしい。
(映画を観ないといったすぐあとに書くことではない気もするが。)
読者さんから観たいという要望をいただいていたのでうれしい。
監督の上田浄介さんは原作者がじゃっかんあきれるくらいに原作に忠実に作ろうとし、観終わった方々からもそのような感想が届いた。
けれどこの映画の主人公・耕平と私のかいた耕平はやはり別人だと思う。
言葉や行動の選択は同じだけれど、動機やヒロイン絵子への評価、出した答えが根本的にちがうと感じた。
そこに原作にはない、上田監督のロマンチックな作風が出ているのだと思う。
あとなにしろ小宮一葉さんと田村健太郎さんがかわいいったらない。
よくこんな、私の好きなタイプのふたりを見つけてきたなあと、見透かされたようで多少気恥ずかしい。
三好(藍川みなとさん)は映画でもいいやつである。


0.jpg







↓原作もよろしくどうぞ





この526 猫が寝床にかえる日

スーパーでパックのお寿司とビールを買って晩ごはん。
子供の頃、こういう買い物のしかたをするおじさんを見るとなんだか苦しくなった。
ものすごくさびしいかなしい姿に見えた。
あのころの私に教えてやりたい。
いいかい、おばちゃんはこう思っているんだ。

O.SU.SHI...! O.SU.SHI...!
ビール!ビール!O.SU.SHI...!!!

やっぱり子供のころの私のほうが正しかったかもしれない。
寝る。

起きる。
涼しくて布団がきもちいい。猫の甘えも執拗である。
今日はなにか用事があったような気がするのだけどまったく思い出せないので思いちがいということに決定。

やー、まいった。
なーーーんにもやる気がしない。
けれど私は恵まれている。顔も洗わず歯も磨かず、7歩ほど移動すれば職場だ。
職場から7歩移動で布団に到着してしまうという誘惑にも晒されてはいるが。

勤め人というひとを心底尊敬する。
毎朝整髪料を付けては夜洗って落とすひとを。
毎日化粧をしストッキングを履くひとを。
嫌いな人間のいる場所に何年も出向いているひとを。
偉業だ。
私は好きなひとにだって毎日は会いたくない。
猫が言葉をしゃべらなくてよかった。

冷凍ごはんのストックを切らしていたのでそうめんをゆでる。
そうめんは好きだ。年間通して食べる。
真冬でもこたつに入って食べる。
2分でゆであがるというのも素晴らしい。
香川県出身の友人のお父上に「讃岐といえば!そうめんがおいしいですよね!」と言ってひどくがっかりさせてしまったことがある。
うどんどんだけ。そうめんにも愛を…

先日購入した座布団大の梱包用ロープのカタマリの置場所に困り、猫が飽きて使わなくなった円形の寝床になんとなく当ててみたらまるで専用ケースのようにぴたりとはまった。
するとその上で猫が寝るようになった。
きみたちのことはわからん。

冷蔵庫のなかにある梨を希望に漫画描く。

この525 長い夢を見る日

友人が赤ちゃんのおんぶひもというか背負子のようなものを段ボールで自作し軍人の装備みたいになっていてめちゃくちゃかっこいい夢。

合宿で自動車運転免許を取りに行ったら受講者たちにやたら友情と団結と精神の修練を求められる合宿所で、いさかいや恋模様なんかも生まれるしもう脱走したくてたまらない。
が、ほかの受講者も協調性のない私の脱落を心待ちにしていて利害が一致しており、しゃくだから居座り続けてやる夢。

その受講者のなかに有名なお笑い芸人がいて、まだ売れていないころバイク事故に遭い右手が親指しかなく、テレビでしょっちゅう見ていたのにずっと気づかなかったことに驚く夢。

実は運転免許ではなくて裏稼業の特殊技能を身につける合宿だった(おかしいと思ったのだ。私は運転免許を持っている)ため、その後公安やおヤバイ組織から逃げ回る生活をする夢。

ひさしぶりに部屋に帰ったら散らかったままだったのでせっせと片付ける夢。

いっぱい夢を見て朝から疲れた。
起きたら部屋が散らかったままなことにいちばんぐったりした。

すこしまえから始めたこの日記のようななにかを松田奈緒子さんがほめてくれてうれしい。
松田さんの漫画には活劇の痛快と爽快があって大好きだしご本人もスカッと気持ちのよいお方だ。
こんな気持ちのよいひとはそういないぞ、とお会いするたび思い、労せずに自分の人生の質まで上がったような得した気分になる。

日記がんばるぞ、いや、がんばらないぞ、とすぐ思いなおす。
がんばらずにまあまあ続けていく、というのが私は下手だ。
やると決めたらボロッカスの廃人みたいになるまでやってしまうし、それ以外のことを全部ほったらかしにしてしまう。
こういう極端なものの作り方は「全身全霊のひと」という印象を与えやすくキャッチ―にひとの胸を打つようなところがあるが、プロとしてはいかがなものだろうという疑問がずっとあった。
(そのやり方でないと商業誌掲載の水準まで届かなかったという事情はあるのだが)
持続を困難にさせるような作り方を自らするのは無責任とも言えるのではと。

は、また一生懸命書くとこだった。危ない。

ネームの返事を待ちながら、今日はコミティア用の漫画の仕度。
さんざん待たせてきた。こっちが待つ順番がきちゃったな、と思う。

この524 レディの誕生日が近い日

こってりラーメンが食べたい衝動とともに起床。昼。

しむらさんとしむらさんのアシスタント・レディと朝食をかねた昼食。
その後の仕事に差し支えるといけないのでなにかもっとおなかにやさしいものでもよいのですよ、体調と気分のバランスは大切です、無理せずに、などと小うるさくおせっかいを焼きつつ結局ラーメン屋へ。
食後に具合を壊したのは私であった。

「絵がうまくなりたいよ~急にうまくなりたいよ~努力しないでうまくなりたいよ~」と、
杜撰になげきながら胃と一緒に椅子にもたれる。

レディが誕生日を控えているというので回復を待ってケーキを買いにいく。
体調と気分なら気分優先に決まっている。
長野パープルとシャインマスカットのタルトという素晴らしいものをいただく。

初期のモーニング娘。の動画を観ながら最近矢口真里さんを好きになってきたかもしれない話など。
なんだかんだあったようだけれどやっぱりものすごいガッツのあるひとだと思った。
私は、なかなか理解されずなかなか結果につながらなくとも
ちょっと見苦しいぐらいにがんばってしまうひとの姿というのは好きなのだ。

「今日は急に冷えるから風邪などひかないように温かくしてくださいね」などとと懲りずにまた小せっかいを焼きつつさようなら。
この流れでいくと風邪をひくのも私だな、なんて思いながら帰宅。

帰りに発送しようと思っていたBOOTH通販の同人誌をうっかり持ち帰ってしまう。
あーあ。
11月のコミティア申し込み。毎日少しずつでも進めて次も新刊を出したい。
がんばろう!(ほんとうに思っています)。

この523 家でお弁当を食べる日

とうもろこしごはん、大根とじゃこ天の煮物、つくね入り巾着の煮物、キュウリの古漬け、かぼちゃのサラダ。
このごろのできごとをまとめたような、茶色いお弁当ができた。
どこにもでかけないが、なんとなく楽しいから良いのである。

ネームやる。
お弁当食べる。
ネームできた。
編集部に送った。
今度こそうまくいくやつだ。

…と、毎回毎回思っているのだが、この一年全滅している。
いや、1個だけ通ったのがあった。
今月のオフィスユーに載る読み切り。
Twitterで告知したところ読者さんが「おめでとう」と喜んでくれた。
ちょっと複雑な心境だ。
この読み切りは2月か3月ごろ制作したもので、実はすでに原稿料をいただいている。
なので掲載されても当然入金はない。
なにかのまちがいで振り込まれないだろうか。
そして「あっまちがえちゃった?いっけね!まあいいよあげるあげる!カネならうなるほどあるからさガッハッハ!」とかいってそのままもらえちゃったりしないだろうか。

まちがえた。
複雑な心境というのはそのことではない。
2月か3月ごろ描き上げて、それから続編にあたるネームをいくつか作ったがどれも決め手にならず、結局この話で連載を目指すのは断念したのだ。
こういう宙ぶらりんな読み切りは単行本になりにくい。
自分の今の状況を考えると、絶望的とまでは言わないがけっこう近いかもしれない。
なのでぜひ雑誌をチェックしてください。
9月23日ごろ発売のオフィスユー、「恋いぞこないのサンバ」という漫画です。
唐突に宣伝でした。

この522 大根に感情移入する日

いつもとちがう大根を買ったらいつもとちがう。

なんだか床が濡れていると思ったらキッチンワゴンの上に1日置いておいた大根の葉が腐って床に溶けおちていた。
においを嗅いだら最近あまり嗅いだことのない、本物の生ゴミのにおいがした。
いたむのがいつもの大根よりずっと早い。

大根の葉はきざんで鶏つくねのたねに、皮はお味噌汁の具やきんぴら、葉の付け根の固いところとしっぽはだしをとったりと、いつもはあとかたもなく使うのだけどこの大根は洗っても土色がぜんぜん落ちない。
葉のいたみもあったことだしもったいないけれど皮は捨ててしまった。

我が家の大根の煮物は完全に味重視。さよなら栄養。
ゆがいてゆがいて35分、ゆで汁は解け出ているであろうビタミンCもろとも排水口へザバー。
それからだし汁といっしょにして火にかけ、煮立ったら味付けしてまた35分。
甘いのがいいときは甘く、しょっぱいのがいいときはしょっぱく。
だしと味付けの中間にはオイスターソース。
うちではオイスターソースを和食にも使う。頻繁に使う。
かき醤油の代用のように使っている。
代用どころか、かき醤油ほどしょっぱくなくかき醤油より旨みしっかりなのでふつうの醤油と合わせたときの味の調節がしやすい。
ずっと使いやすい。
もう、ふつうのサイズじゃまどろっこしいから大きいボトルで買っている。

鍋をバスタオルでくるんで時間をかけて冷ます。
そのあとは食べるごとに火を入れて煮をかさねていく。

しかしなんだか今日の大根はなかなか火が通らない。頑固だ。
腐りやすくて頑固、というのになんだか共感してしまう。
思えばいつもの色白つるんとした気のいい女将みたいな大根とちがってごつごつごろっと武骨で、心なしか重たい気がした。
きみはもしかしたらすごくおいしいんじゃないかね?とひいきの情がわいてくる。
皮も食べてみたらよかったかな。

…と大根のことばかりだらだら考えているうちにすこし飽きてしまった。
煮物はまだ食べていない。




この521 ひざをかばう日

冷やし中華は家で作るのがだんぜんおいしいという意見は意外に賛同されないようだ。
具が多いのが面倒、千切りが面倒だという。
それが楽しいんじゃないかあ。
切りごたえのちがう食材を黙々ときざんでいくのは気持ちがいい。
この夏もよく食べた。

何日か前からランジ(前に一歩踏み出して行うスクワットのような運動)でひざを傷めている。しかも両ひざ。
筋トレで腰痛が起こりにくくなったのがうれしくてついやりすぎてしまった。
頭痛薬の箱に書いてある「関節痛筋肉痛ねんざ痛にも」という言葉を信じて飲む。

そういえばずっと続いていた喘息がコミティア以降ぴたりとおさまった。
どんだけ心労にしていたのか。ともあれ助かった。
体調もだけれど通院と薬にかかる費用がなかなかにストロングであった。

喫茶店でとなりのおばあさん4人組の話が聞こえてくる。
やはり病気の話は盛り上がる。わかるー。
あとはテレビの話、家族の話、いない人間の悪口。
海外旅行に行きまくったひとの自慢話より、娘時代に福岡から東京に出てきたひとの話のほうが格段に面白くて構成の重要さについて考える。

ひとり「ハッピー」「悔いはない」「今が青春」などのポジティブワードを連発するご婦人がおり、言えば言うほど悲愴感が増す。
私は口をひらけば弱音と愚痴と自虐を吐くザ・ボヤキングであるが、どちらがいいんだろう。
どっちもあまり長時間いっしょにいたくはないな。

そうこうしてる間にひととおりネタ出しも済んだので続きは家で。
最近はネームをデジタルで作っているのだ。
イシデのくせにね!


でんやこのごろ ~イシデ電ブログ~

さまよったりちまよったしながら漫画をかいている。

プロフィール

イシデ電

Author:イシデ電
漫画をかいている。

menu
最新記事
Tシャツ DEN-ya
オリジナルTシャツ・バッグあります。
【コミックス発売中】
【メール】
漫画のご用命、 ご意見・ご感想はこちらからどうぞ。

名前:
メール:
件名:
本文:

いつでも里親募集中
おねがい

このブログはリンクフリーです。 トラックバックもご自由にどうぞ。 が!それ以外の使用はどうかやめてください。 当ブログ内の画像や文章を、 許可無く転載、流用(加工、一部使用)するのは ご遠慮願います。 ちょっとしたことでも使いたいときは、 ご一報いただければ割とあっさり承諾したりしていますので、 なにしろ無断で使用するのは勘弁願います。 それとあと、 当ブログの記事は、 事実をもとに構成したフィクションだと 思ってください。 よろしくお願いします。

FC2カウンター
ブログ内検索
月別アーカイブ
このページのトップへ