この547 捨てていない日

捨てるタイミングからすでに4~5年は経過しているコートがある。
ハンガーにかけたまま、この冬は着ずに過ごしている。
着ないなら捨てればよいのだけれどまだ捨ててはいない。

このコートには近年とにかく悩まされている。
着てしまう。
秋を過ぎるとどうしても、どうしても着てしまう。
お気に入りなのだ。
軽くて柔らかく着心地が良い。
薄手でゆったりしているので中に着るものを選ばない。
ポケットは大きく、財布とスマホと、なんなら文庫本なんかも放り込んで手ぶらででかけちゃう。
素晴らしい素晴らしいわたしのコート。
ちょっとこの辺ほつれているけれど、あ、こことそこもほつれてるけど大丈夫。
破れたところは繕ったし、多少背中がすすけたような風合いになっているけれどかまわない、友達なのさ。
励まし合ってやってきたのだ。

ある晩わたしはモツ焼き屋にいた。
にぎわう店、ほろ酔うわたしの目に飛び込んできたのは、座敷の片隅にたたずむ死神。
…ではなくて、壁に吊るされたわたしのコートだった。
ほかのお客さんが「今晩おれは死ぬのか」と勘違いしそうなくらいにボロボロだ。
これはもう、なにがなんでも捨てなければいけない。
この冬が終わったら、必ず。今度こそ。

春が来るたびに「捨てる捨てる捨てる捨てる捨てる捨てる捨てるハイ捨てたァッ!!(捨ててない)」という葛藤に苦しむ。
そして秋が着てまた袖を通す。ハ~快適。
鏡の向こうには「一晩だけ納屋で休ませてはもらえぬか」と訪ねてくる旅人のようなみすぼらしいわたし。

思いきって新しいコートを迎え入れたりもしたが、ちっとも愛せない。
そしてそのコートですらそろそろくたびれてきて、それでもまだ例のコートはハンガーにかけられている。
「捨てる」という行為自体に年単位の時間がかかることをこれまた時間をかけて受け入れているような有り様だ。
ようやっと「ひと冬、着ないで過ごしてみる」ところまでこぎつけた。

今日、新しいコートが届く。
春になったら着るつもりの明るい色の薄いコート。今の季節はまだ寒くて着られないだろう。
「あのコートだったら、秋も春も着られる薄さにくわえて寒くなってきたらふっくらした裏地を取り付けられる気の利かせぶりなのにな…」とすでに比較を始めている自分がいる。やめろ、やめるんだ。

春、果たしてわたしは処分を決行できるのだろうか。


でんやこのごろ ~イシデ電ブログ~

さまよったりちまよったしながら漫画をかいている。

プロフィール

イシデ電

Author:イシデ電
漫画をかいている。

menu
最新記事
Tシャツ DEN-ya
オリジナルTシャツ・バッグあります。
【コミックス発売中】
【メール】
漫画のご用命、 ご意見・ご感想はこちらからどうぞ。

名前:
メール:
件名:
本文:

いつでも里親募集中
おねがい

このブログはリンクフリーです。 トラックバックもご自由にどうぞ。 が!それ以外の使用はどうかやめてください。 当ブログ内の画像や文章を、 許可無く転載、流用(加工、一部使用)するのは ご遠慮願います。 ちょっとしたことでも使いたいときは、 ご一報いただければ割とあっさり承諾したりしていますので、 なにしろ無断で使用するのは勘弁願います。 それとあと、 当ブログの記事は、 事実をもとに構成したフィクションだと 思ってください。 よろしくお願いします。

FC2カウンター
ブログ内検索
月別アーカイブ
このページのトップへ